2022/02/25

はじめに

分散化・非中央集権化されたインターネットを目指して、Web 3.0が提唱されている。Web 3.0は、ユーザーが自らのデータやIDをコントロールし、公平性に重きを置くネットワークとして、近年さまざまなコミュニティに推進されている。一方IPFS(Inter-Planet File System)は、コンテンツへアクセスしたりコンテンツを保存するための、分散化されたP2Pハイパーメディアプロトコルである。ここでいうコンテンツには、ファイルの他、ウェブサイトやアプリケーション、データ一般が含まれる。公式サイトにあるように、IPFSは分散化されたウェブの動力となる技術であり、ウェブをアップグレード可能・堅牢・オープンにすることで、人類の知識を蓄え、増やしていくことを理念としている。 IPFSは推進者にとって、HTTP(S)に代わるプロトコルでもある。Filecoinは、このIPFSの上に経済的なインセンティブを組み込んだレイヤーである。Filecoinにおいてはトークン経済が成り立ち、データの提供側と利用側、およびストレージ提供側の間に市場が形成される。以下では、Web 3.0におけるFilecoinとIPFSの位置づけや、その活用状況について概説する。

 

非中央集権化と分散化

分散化された(Distributed)ネットワークでは、データの処理や保存が一か所に集中せずに行われる。分散型クラスターなど、ネットワーク上の全てのノードを単一の管理下に置く場合も含まれる。対して、非中央集権(Decentralized)のネットワークでは、中央の管理者が存在しないことが条件である。IPFSは分散化された(Distributed)ファイルシステムであるが、Web 3.0が目指す非中央集権型のネットワークを実現するにあたって、少なからぬケースで重要な要素技術となっている。さらにFilecoinは、IPFSを基に非中央集権型のデータ市場を確立することを目指している。

(画像出典:https://ieeexplore.ieee.org/document/1088883)

 

Filecoin/IPFSに支えられるWeb 3.0

以下では、複数の側面におけるWeb 3.0の推進とFilecoinおよびIPFSの関係を概観する。

 

ウェブプロトコルの非中央集権化

DNSは現行のウェブにおいて中央集権的な性格を持つ要素の一つである。これを非中央集権的にすることで、匿名性や検閲耐性、セキュリティの向上が期待される。そもそもIPFSアドレスは変更不可能なデータの内容に紐づけられるので、データを更新する場合には、実用上何らかの名前解決システムが必要となる。非中央集権的な名前解決システムの代表として、IPNSやENSが挙げられる。また、ウェブをアーカイブして、データの永続性を高める際にも、IPFSが役立つ。InterPlanetary Waybackはその好例である。DNSやアーカイブに限らず、検閲耐性の観点では、IPFS自体がHTTP(S)に対し優位であるといえる。IPFSではデータチャンクをネットワーク上のノードが分散管理するためである。例えば、2017年、トルコ政府がウェブ上のウィキペディアの検閲に乗り出した際には、対策としてIPFS上にウィキペディアのデータのスナップショットが確保され、検閲が不可能となった。こういった検閲耐性はWeb 3.0の理念でもあり、Web 3.0を実現する重要な技術であるといえる。

 

インフラの非中央集権化

FilecoinおよびIPFSはそれ自身がCDNの役割をもっており、非中央集権型のCDNとして機能する。FissionやFleekなどの非中央集権型ホスティングサービスもあり、Filecoin/IPFSを対象にした、またはそれらを活用したインフラとして、Web 3.0の実現に大きな役割を果たしているといえる。IPFS ClusterはIPFS公式の分散型クラスターであり、非中央集権的な性格も持つ。

 

データ管理の非中央集権化

データ管理の非中央集権化を進めることで、データの可用性を高めたり、データ管理の主体をデータ収集者(アプリケーションやその管理者)からユーザーに移すことができる。例えば、ThreadDBはIPFS上で稼働するデータベース(Threads)を用いており、ユーザーのデータとアプリケーションを切り分けることで、ユーザー中心のデータ管理を推進することを主な目的としたDBMSである。他には、OrbitDBなども、細かな違いはあるが同様にIPFSを用いたDBMSである。これらのシステムは、非中央集権型のアプリケーションが使用するストレージとしても、Web 3.0を支える役割を担っている。

 

アプリケーションの非中央集権化(DApps)

非中央集権型のアプリケーション(DApps)は高い堅牢性・透明性・検閲耐性を持たせることができ、注目を浴びている分野の一つである。開発サポートも豊富であり、Dappkit、Fission、Fleek、Textileのようなフレームワークやホスティングサービスの他、EmbarkのようにIPFSの利用をサポートする開発用プラットフォームがある。
一般的に、分散型台帳は事実の真贋を証明するのに適した技術である。一方、その冗長性や永続性故、少なくとも処理速度の観点から、任意のサイズのデータを記録するのは一般に不得意であるといえる。そこで、分散型台帳にデータそのものでなく、Filecoin/IPFS上のデータへのリンクを記録することで、処理速度を落とさずに任意のデータへのアクセスが証明可能となる。
例として、非中央集権型のNFT市場を提供するOpenSeaは、Filecoin/IPFSを用いたデータ保管をサポートしている。また、非中央集権型の動画ホスティングサービスを提供するVoodfyはFilecoin/IPFSをデータストレージとして利用している。

 

身分証明の非中央集権化

身分証明の非中央集権化も議論されており、FilecoinやIPFSが不可欠である。例えばマイクロソフトによる実験的プロジェクトであるIONにおいては、身分証明(Decentralized Identifier; DID)をIPFS経由で取得・保存・複製する仕組みがある。また、非中央集権型の身分証明システムで知られるOntologyは、Filecoinとの相互運用を計画している。

 

データ市場の非中央集権化

FilecoinはIPFSに経済的インセンティブを組み込むことで、非中央集権的なデータの保管と取得の市場を確立することを目指しているプロトコルであり、ネットワークである。Slingshotには、Filecoinにおけるデータバンクやアーカイブの例がヒトゲノム、衛星画像、音楽データなど多岐に渡って紹介されており、Filecoinがデータ市場の非中央集権化に貢献しているといえる。

 

おわりに

本稿では、Web 3.0の目指す非中央集権型のウェブが様々な側面でFilecoinやIPFSに支えられていることを述べた。HTTP(S)に代わり得るプロトコルとして、またデータストレージとして、FilecoinおよびIPFSには今後も大きな役割が期待される。

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