2022/01/26

前書き

Filecoinネットワークは人類の情報のために非中央集権的・効率的・強固な基盤を創ることを使命として、経済的インセンティブを組み込んだシステムを提供する。FIlecoinにおけるデータの保管・取得やセクターの仕様は、そのような使命に則して設計されている。本稿では、これらの仕様を基にFilecoinにおいて成り立つ経済モデルの要点を述べる。

1. Filecoin経済の全体像とコミュニティ

・市場と参加者

Filecoinの経済においては、次の3つの需給市場が存在する。

1.ファイル保存にかかるストレージの市場
2.ファイル検索・取得の市場
3.ネイティブトークン(FIL)の交換市場

Filecoinの要である(1)について説明すると、当該市場では、ファイル保存を需要するクライアントが、希望のファイル保存期間や料金を提示し、ストレージプロバイダー(Storage Provider; ストレージ提供者)との間で取引が成立する。ファイル保存の各種手続き(保存の証明や記録)が完了すると、ファイルが取得可能な期間中、ストレージプロバイダーに報酬が分配される。この過程は、輸出経済において、原材料(計算資源やストレージ)の加工(ファイル保存やその証明)に伴って価値が創出される(FILが発行・分配される)過程を模したものといえる。

Filecoinでは、クライアントとストレージ提供者の他、エコシステムのパートナー、トークン保有者、開発者が下図のような関係で参画している。中央集権的な許可を不要とするためには、各者においてインセンティブが適切に機能することが求められる。


(画像出典:https://filecoin.io/2020-engineering-filecoins-economy-en.pdf )

2. Filecoinトークン

・トークンのユーティリティ

Filecoinにおけるネイティブトークン(FIL)はストレージサービスにおける価値創造や価値交換の媒体を表現するために使われる。クライアントがストレージプロバイダーとの取引を成立させると、トークンが手数料や担保としてやり取りされる。また、取引の履行によって新規トークンが報酬として発行され、不履行によって過料が発生する。

・トークンの発行

多くの暗号資産プロトコルにおいて、トークン生成は指数関数的な減衰を辿る仕様である(単純発行モデルと呼ぶ)が、Filecoinにおいては、これは理想的でない。なぜなら、初期ほど利潤性が高いモデルの場合、ストレージプロバイダーにとってセクターの封印を高速で行える計算資源に投資し、十分に懐が潤ったところでクライアントのデータを放棄してでもFilecoinから去ることが十分合理的であるからである。

そこで、Filecoinではネットワークベースラインを利用した仕組みを導入している。これは、ネットワーク全体のストレージ能力の向上に合わせてブロック報酬を増やしていくもので、ストレージ能力の基準容量(ベースライン)が予め定められた量を超えると、ブロック報酬の積算量が単純発行モデルと同等となるように調整される。一方で、ベースラインを超えなければ、ブロック報酬の一部について発行が延期される。ベースライン自体は年間200%の増加率で増加し、その初期値は1EiBである。この仕組みにより、ストレージプロバイダーとネットワーク全体がクライアントに提供するユーティリティをより的確に反映した報酬がストレージプロバイダーに与えられるという狙いがある。

Filecoinでは、ベースライン発行と単純発行の両方を採用しており、それぞれ70%と30%のトークン割合で運用する。これにより、下図のように両者の特性を活かしたFilecoinに最適なトークン発行スキームが目指されている。

(画像出典:https://filecoin.io/2020-engineering-filecoins-economy-en.pdf )

・トークンの配分

FILトークンは全体で20億枚となっている。ブロックチェーンの始動時に、そのうち15%、10%、5%がそれぞれProtocol Labs(運営チームと開発貢献者を含む)、投資家、Filecoin Foundationに割り当てられている。投資家向け分のうち75%は既に2017年のトークンセールで販売が完了している。20億枚の残りの70%は多岐にわたる種類のプロバイダー(以前はマイナーと呼ばれていた)の報酬分であるが、そのうち78.6%をストレージプロバイダーに、残りの21.4%をその他のプロバイダーに充てる。その他のプロバイダーには、データ取得や修復に関するサービス提供者の他、将来的にコミュニティに必要と判断された役割のプロバイダーが含まれ、それらのインセンティブのために当割り当てが準備金として確保されている。

3.ストレージプロバイダーの経済要素

・担保

Filecoinでは、攻撃耐性を確保するため、また健全なストレージ取引履行のために、ストレージプロバイダーに3種類の担保を提供することが求められる。

まず、開始時保証担保はセクターの開始時に支払われるもので、期待通りの価値創出を後押しし、悪意が認められた場合には没収されるようになっている。担保の量はコンセンサス能力や、トークンの循環供給量に影響され、非中央集権の性質を維持する役割も持つ。

次に、ブロック報酬も担保の一種とされている。というのも、セクター開始から一定時間が経過しないと報酬配布が始まらない仕様となっている。これは、Filecoinが複数の望ましい経済特性(ストレージプロバイダーに取引期間満了までの健全な活動を促す、トークンが十分な流動性を保つ、長寿命のセクターが不利に働かない)を満たすように考慮された結果の仕様である。

最後に、ストレージプロバイダーは取引に対しても担保を提供する。最低限の担保量はプロトコルによって定められている。これは、ブロックチェーンの状態を記録する資源と帯域に限りがあるためであり、またストレージプロバイダーがクライアントに提供するサービスについて、最低限の水準を確保する意図もある。加えて、ストレージプロバイダーはより大きな担保額を提示することで、より高品質で信頼性の高いサービスをアピールすることも可能であり、ここにも競争市場の下地が用意されている。

・保管手数料

クライアントとの間で成立した取引にかかるデータについて、ストレージプロバイダーはPoStを通じて保管されていることを定期的に証明し、クライアントが提供するトークンを手数料として受け取ることができる。

・ブロック報酬

ストレージプロバイダーはコンセンサスパワーに比例した確率でマイニング(WinningPoSt)を行う権利が与えられ、マイニングが完了するとブロック報酬を受け取る。また、マイニングが成功すれば、他のノードがメッセージを当ブロックに含めるにあたって手数料を課すこともできる。

なお、セクターの封印に大きな計算資源が必要とされる意図の一つとして、マイニングの制限時間を十分短くすることで、制限時間内に新たにセクターを封印できないような設計となっている。ストレージプロバイダーが定期的にセクターの保存を証明するWindowPoStにおいても、封印済みのセクターについての証明のみが経済的に合理的となるように設計されている。

・取得手数料
ストレージプロバイダーはクライアントから要求されたデータの取得も請け負い、ここで手数料を得ることができる。その価格は取引次第である。支払いについては、ブロックチェーン上ではなく、独自の支払いチャネル経由で行われる。

4.クライアントの経済要素

・取引の提案

クライアントが提案する取引はゴシップネットワークを用いて伝達され、非中央主権型のストレージ市場が形成される。ここでは、交換所からの参加や取引注文の集約など、第三者による多様な機能強化の可能性が広がっている。

・取引担保

取引においては、ストレージプロバイダーのみならず、クライアント側から担保を提供することも可能である。この担保は取引成立と共にロックされ、取引が履行されるにしたがってストレージプロバイダーに支払われるが、取引の満了までにストレージプロバイダーが取引を停止した場合には、ストレージプロバイダーが罰金を没収されるのはもちろん、クライアントからの担保の残りもクライアントに返金される。

この担保は、ブロック報酬とは異なり取引の履行開始と共に順次ストレージプロバイダーへ支払われるため、ストレージプロバイダーにとって正常に取引を履行するインセンティブとなる。また、担保をロックアップしている間は、クライアントにとってFILの価格変動に悩まされることがないのもメリットであるといえる。

・検証済みクライアントの能力

前述の通り、検証済みクライアントによる取引はFilecoinにおいて恣意的に重要な扱いとなっており、Filecoinの健全な発展に不可欠である。その検証プロセスはクライアントにとって容易であり、検証者のネットワークが非中央集権型で世界中に分散することが求められている。Filecoin Plusはこの検証ネットワークを実装したものである。

検証済みクライアントには、取引を通じてネットワークに保存できるデータの上限(DataCap)が設定されており、DataCapまでデータ量を使い切ったクライアントは、追加の検証を経て上限を上乗せできるが、その際、検証者には当該クライアントが検証システムを悪用していないかを確認するデューデリジェンスが求められる。

・Filecoinの実装予定機能

最後に、Filecoinの経済機能に関する展望について簡単に紹介する。公式解説文書では、Filecoin経済の発展に向けて、次のような機能が実装予定とされている。

修復プロバイダー:ストレージプロバイダーがセクターの保管を停止した場合、他のストレージプロバイダーがデータを保管していれば、新規取引をクライアントと締結し、新しいセクターにデータを保管できるとよい。この修復役が修復プロバイダーである。

アプリケーションプロバイダー:高品質なアプリケーションの開発を後押しするために、開発者に報酬を与えることは重要であり、この役割をアプリケーションプロバイダーとする。

・Filecoinローン
・高速取得PoRep
・スケーラブルなコンセンサス
・汎用スマートコントラクト

これらのうち、Filecoinローンについては、例えばCoinListが関連した融資サービスを展開している。スマートコントラクトに関しては、汎用スマートコントラクトをFilecoin上で可能にするFilecoin Virtual Machine(FVM)と呼ばれるプロジェクトが進行中であり、そのための提案も発表されている。

5.おわりに

本稿では市場と参加者について俯瞰した後、Filecoinトークンおよびストレージプロバイダーとクライアントそれぞれの経済的な要素について概説し、適切なインセンティブがいかに経済に組み込まれるかを述べるとともに、Filecoinの経済機能に関する展望にも短く触れた。紙面の都合上、多くの詳細を割愛したが、Filecoinの経済モデルについて、読者に概観を提供できたならば幸いである。

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